宿場とは?
・「大名行列の宿泊所」
地方の大名が江戸を行き来するとき、宿泊に使いました。
・「旅館・飲食店街」
藤沢は、「大山」「江ノ島」といった人気の観光拠点で、また、藤沢自体も名所をもつ観光地でした。

・「宅配便の中継基地」
「駅伝」は、飛脚や馬が宿場で交代しながら、荷物を運んだことをヒントにしたともいわれます。

・宿場は「見附」が入り口です。江戸に近いほうが「江戸方見附」京都側が「上方見附」。見附には、見張番がおかれていました。

・それでは、見所別に宿場を案内します。

 

1.浮世絵スポット

■遊行寺橋

・藤沢宿、大鋸橋(現 遊行寺橋)近辺~遊行寺が多く浮世絵に描かれています。見比べてみると楽しみが増します。
藤沢宿付近の絵で、中心的に描かれている橋です。現在は新しくかけかえられております。かつては大鋸橋といわれていました

■江ノ島道側からみる遊行寺の屋根と山

広重の絵と、ほぼ同じ角度からみた遊行寺。(現、藤沢橋南側付近)

2.義経伝説

奥州で討ち取られた義経の首は鎌倉に送られ、そのあと片瀬の海に捨てられたが、潮に乗り、境川をさかのぼっていたのを、

井戸で洗い、白旗神社に葬られたとされています。義経主従の遺構が旧宿場付近にあり、江戸時代の観光名所でもあったとも考えられます。

■境川(遊行寺付近)


義経の首が遡ってきたとされる川。

■義経首洗い井戸

義経の首を洗ったという井戸。

■白旗神社

義経の首を慰霊した神社。神社内には義経藤、弁慶藤、弁慶松、弁慶石など義経主従にまつわるものが多くある。

■弁慶塚


弁慶を弔った塚。庚申塚に囲まれている。

3.小栗判官照手姫伝説

・現代人には、あまりなじみないかもしれませんが、小栗判官と照手姫の伝説は浄瑠璃や歌舞伎など、
江戸期には大変有名でした。小栗伝説の跡も、江戸の観光名所といえます。

4.歴史的著名人の後ろ姿

・藤沢宿には、江戸初期「御殿」という将軍専用の宿がありました。徳川家康、秀忠、家光三代が泊まっています。
特に、家康が関が原へ向かうとき、秀忠が大阪夏の陣に向かうときなど、歴史上の大イベントの際の行程にも入っています。] ・宿の本陣は、大名や旗本などの宿。参勤交代の大名が数多く泊まりました。
・遊行寺はかつて天皇の宿泊地に指定されていて、明治天皇が維新の際宿泊されています。

■御殿跡

家康、秀忠、家光が宿泊した御殿の跡。現在は、藤沢公民館がたっており、その角に説明文が掲示されています

■本陣跡

江戸時代に多くの大名などの要人を泊めた本陣跡。現在は案内用の碑が立っています。

■明治天皇行在所跡

明治天皇は3度遊行寺にお泊りになっており、菖蒲園近く碑があります。また、御膳水の井戸も残されています。

■庚申堂

小泉八雲が「日本瞥見記」の「江ノ島行脚」の項jでこの庚申堂を紹介している。明治期の藤沢の様子がうかがえる紀行文である。

5.宿場の面影

・藤沢宿跡には、蔵造りの建物(店蔵)や土蔵が点在しています。建築年代は明治期が中心ですが、宿場の面影を最もイメージさせてくれるものです。
宿場歩きをしながら、蔵探し。カメラ片手に歩きまわるのも楽しいものです。 ・また、江ノ島道を示す道標や、宿場の遊女であった飯盛女の墓など、

江戸以来変わらぬスポットも残っています。

画面は桔梗屋の店蔵ですが、他にも10件以上の土蔵や蔵造り建物があります。是非、探してみてください。歴史を一番肌で感じられます。

■飯盛女の墓

宿場の遊女、飯盛女は、旅籠で働いていました。若死も多かったそうです。店がその名も無き女性達を弔ったお墓です。

■旧江ノ島道標

江ノ島道は、宿場から江ノ島を結んだ道でした。その道を示した道標です

◎藤沢宿の基礎知識

宿場の役割:「宿駅」と「伝馬」
・江戸時代の「宿駅」には、公共輸送(荷物・書状輸送)の中継地という役割がありました。
・途中交代しながら、目的地まで公共輸送する制度が伝馬制。「伝馬」はそのための馬です。
・宿場は、伝馬の用意が義務づけられ、その負担のかわりに、年貢の免除がありました。藤沢宿では、人足100人、
馬100人が必要となりました。
・近隣の村で、人馬を借りるのが、「助郷制(すけごうせい)」です。

参勤交代:地方の大名は自分の領地に1年、江戸に1年交互に住むことになりました。
また、妻子は、必ず江戸に常住でした。
・江戸の行き来に、大勢の家来をつれる「大名行列」をし、街道を通りました。行列の人数は、大名の石高により、100名~1000名以上のものまであり、宿場は、この大名行列によっても繁栄しました。
庶民と宿場:宿場には、もちろん庶民・一般の旅人も沢山訪れました。

・宿場は「市」が開かれる経済の地でもありました。藤沢宿では月6回市が催されたそうです。

・庶民が旅をするには、往来手形が必ず必要でした。今でいうパスポート。名主や寺社が発行しました。単なる観光旅行は許されて
いなかったので、名目上、有名寺社への参詣を目的に発行してもらっていたようです。
宿の種類 本陣: 大名・旗本などが宿泊できるところ
脇本陣: 本陣に宿泊できなかった大名の家臣などが使ったところ。通常は、旅籠として利用。
旅籠: 武士や庶民が泊まった。朝飯・夕飯付。
木賃宿:武士や庶民が泊まった。食べ物は自炊。宿場街の外れや、町裏にあった。
茶屋:休憩所。泊まることはできない。

藤沢宿の規模 本陣: 1 脇本陣: 1 旅籠: 49(1800年頃)
宿場町:宿を中心とした町 藤沢の場合、東西・南北それぞれ約250m位

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