遊行寺境内

遊行および関連施設の紹介をします

建物、由縁と上人ゆかりの場所

■黒門

遊行寺の総門で、一般には黒門として親しまれている。

■いろは坂

黒門から先、山門跡にむけていろは坂がある。石段が48段あるからこの名がある。登るときに数えてみたらどうでしょう。

■大銀杏

大いちょうは、樹齢200~700年と言われ、樹齢推定に巾がありますが、いずれにしても立派な大木です。

■本堂

木造としては、東海道随一といわれている。現在のものは、関東大震災倒壊後、昭和12年に落成したもの。

■一遍上人像

時宗の宗祖、踊り念仏をはじめた一遍上人の像です。昭和45年建立。なお、遊行寺は一遍上人ではなく、四代呑海上人の創建。

■中雀門

安政六年(1859年)に建築され、遊行寺境内では一番古いものである。

■歴代上人廟所

廟所には歴代の遊行上人、藤沢上人の墓塔が並んでいるという。

■宝物館

・国宝一遍聖絵や重文 後醍醐天皇像などの寺宝を保有。

小栗判官伝説

小栗判官と照手姫の伝説は浄瑠璃や歌舞伎など、江戸期には大変有名でした。小栗伝説の跡も、江戸の観光名所といえます。伝説は、大体以下の内容。

「小栗判官は、妻の照手姫の親、横山氏に毒殺される。その後、地獄より原型を留めない姿で地上に戻り、遊行上人のはからいで車にのせられた小栗は、道中、照手姫と共に相手とは知らずに再会。

照手に車をひかれ、熊野湯の峰についた小栗は湯の力で復活。再び夫婦になった後、小栗が亡くなると、照手は小栗を弔うために仏門に入り長生院(小栗堂)をたてた。」

■長生院

遊行寺境内の一角にあり、照手姫が、小栗を弔い過ごしたといわれる。遊行寺は、小栗復活の際、遊行上人が力を貸したという点でも、小栗とゆかりがある。

■小栗判官関連遺跡

小栗判官の墓

照手姫の墓

名馬 鬼鹿毛の墓

小栗判官眼洗いの池

長生院の裏手に、照手姫の墓、小栗判官の墓、小栗判官眼洗いの池などがある。

板割浅太郎について

・戦後生まれにはなじみが薄いですが、板割浅太郎といえば、講談や浪曲で有名だった任侠の国定忠治の子分。

国定忠治に、裏切りを疑われた浅太郎は、身の潔白をはらすため叔父勘助を討つように命ぜられる。

浅太郎は、勘助とその幼い子勘太郎を討ちます。講談などでは、勘太郎をうたず、背負って赤城の山を越えた・・というストーリーもみられ、戦前の歌手東海林太郎の代表曲で、なくなよしよしねんねしな、で有名な「赤城の子守唄」は、浅太郎が勘太郎をあやす場面を詞としています。

■板割浅太郎の墓

遊行寺の黒門をくぐってすぐ左に、遊行寺の塔頭真徳寺の墓地があり、そこに浅太郎の墓があります。言い伝えでは、赤城で勘助、勘太郎親子を殺めた板割浅太郎は、佐久の金台寺から、遊行上人の手引きにより、この地にうつり、親子の菩提を弔ったとあります。

山本周五郎の小説「遊行の浅」には、出自を隠す浅太郎が、寺の盗難を防ぐ様子が描かれています。

庭と池

・遊行寺の庭園には放生池があり、また、春は桜、初夏は菖蒲などが寺に彩りを添えます。

■放生池

生類憐れみの令の後、将軍綱吉がこの池に金魚等を放てと命じたという。今は、絶滅寸前であった藤沢メダカが放たれています。

■菖蒲園

小書院へいく渡り廊下の側にある。菖蒲は、明治神宮と鎌倉光明寺から移植されたもの。

歴史にまつわる見所

・遊行寺は、鎌倉時代~明治時代に至るまでの色々な歴史にまつまる見所があります。何となくお寺をまわっていると気がつかないスポットが沢山。知るとますます興味がわきますので、是非探してみてください。

■南部茂時墓(鎌倉時代)

鎌倉幕府滅亡のとき、北条高時に殉じた奥州南部氏十代南部茂時主従の墓。

■敵味方供養塔(室町時代)

1416年の上杉禅秀の乱で亡くなった者を敵味方なく、また、人だけでなく動物もあわせて供養するためにたてられた碑である。

酒井忠重逆修六地蔵(江戸時代)

萬治三年(1660年)に建立されたという。

酒井長門守忠重は、江戸初期の旗本。
藤沢周平の「長門守の陰謀」では、策を巡らすも失敗し、無念のままに亡くなる様子が描かれていますが、どのような気持ちで、
建立に至ったのか、興味をかきたてられます。

■宇賀神社/銭洗い弁天(江戸時代)

徳川家の祖、得川有親の守り本尊といわれる。開運弁才天ともいわれ、銭洗い弁天として江戸時代から藤沢宿の人々に信仰された。

江ノ島一の鳥居袴石(江戸~明治時代)

遊行寺の寺宝を展示す宝物館の入口におかれている。かつて、遊行寺橋前が東海道と江ノ島道分岐になっており、江ノ島一の鳥居がおかれていた。その袴石である。

明治天皇御膳水井、ご行在所碑(明治時代)

明治天皇御前水

明治天皇ご行在所碑

明治天皇は、3たび遊行寺に宿泊されています。その際、この井戸から御膳水がくみ上げられたそうです。

 菖蒲園に面した廊下にはご行在所碑があります。岩倉具視、西郷隆盛、山岡鉄舟などが供奉員として同行したことがわかります。

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